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梅原 猛 (哲学者)
この撰書は、主として戦前の京都学派の哲学者のなした
渾身の思索の成果をまとめたものである。
私は若き日、これらの書物を精読し、哲学を学んだ。
今、世界は混沌として、新しい哲学を求める機運は強い。
この時期にあたって、もう一度、この京都学派というより、
日本の哲学者によってなされた思索の真剣さと高さを学ぶことなくして、 新しい思想の創造は不可能であろう。
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渡邊二郎 (哲学者)
21世紀を間近に迎える転換期にあって、これから、新たに、
日本の土壌に根ざした哲学的思索が打ち立てられねばならない時に来ていると思う。
外国の哲学思想の研究も大事だが、それらの摂取のうえに、
自国の哲学的伝統を踏まえた思索の努力が、今日求められている。
国際化時代の現代において、日本の哲学的な顔を、世界に向かって示さねばならない。
この度、燈影舎から刊行される京都学派の優れた過去の哲学者たちの遺業の集大成は、
そうした努力のための大切な基礎資料として、大いに役立つと思う。
来し方を省みてこそ、将来の展望も開かれるからである。大いに期待するゆえんである。
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粕谷一希 (評論家)
戦後の日本では、思想の言語が雲散夢消してしまい、生活言語だけが肥大しつづけてきた今日、
われわれは思想言語を語る場をもたない。
この京都哲学撰書は、かつて現存し、戦後失われてしまった思想言語が、
如何に豊かで質の高い普遍性をもっていたかを語ってくれるだろう。
21世紀を迎え、第二期の出版に踏み切った燈影舎にエールを送ると共に、
この企画が思想復興の契機となれば幸いである。
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木村 敏 (精神医学者)
心の病を脳の障害に還元せず、それ自体として研究しようとする精神病理学は、
当然ながら哲学と深い関係を持つ。
しかしそれは多くの大学の哲学科で行われているような「哲学学」ではなく、
人間の生き方、物の見方などについての新しい理解の方向を探る思索という意味での哲学である。
そしてそれは西田幾多郎以来の京都哲学がつねに歩み続けてきた道でもある。
いまその集大成を手もとに置けるということは私にとって何よりの喜びである。
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