西田先生の墨蹟も実に西田先生らしい独自な卓抜なものであって、近くは、良寛、寂巌、慈雲などに比肩すべく、古くは、懐素、張旭、楊凝式、大燈などの塁を摩するものがあるようにさえ思われる。 【 久松真一】
先生の書を通して何かを感得すれば、その感得は、先生の思想のうちに生きて働いている精神に触れたことになり、それがまた、その思想の真の理解への手懸りになる。先生の書には、先生の思想の源泉である「人」が現われている。普及判は、先生の墨蹟に深い関心をもつ多くの人の要望によって発刊をみた。【西谷啓治】